人は年をとるにつれて,次第に物事を判断する能力が衰えていくことは避けられない事実です。時には,痴呆症などの症状が現れ,自分の持っている不動産の管理や生活費を支払うための預貯金の出し入れなど,自分の日常生活にかかわる重要な物事について適切な処理をすることができなくなる場合も決して少なくはありません。
このような事態に備えて,財産の管理や医療契約,施設への入所などの手続を自分に代わって行ってくれる人を判断能力が低下する前に選んでおくと安心です。自分の代わりに手続等を行ってくれる人を任意後見人といい,一定の仕事(財産管理など)を代ってしてもらう事を依頼する契約が任意後見契約ということになります。
これは契約ですから,誰を選ぶか,どこまでの範囲の権限を与えるかは本人と任意後見人になってくれる人との話し合いにより自由に決めることができます。
この契約は,本人の判断能力が低下したときに備えて締結されるものですから,本人が自己の財産管理等を十分に行うことができなくなったときからということになります。
この場合には,任意後見人になることを承諾した人,本人の4親等内の親族または本人が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申立て,家庭裁判所の選任によりこの契約の効力が生じ,任意後見人はこの契約で定められた事務を執り行うことになります。
任意後見人が契約した事務を行うのは,本人の判断能力が低下した後からが原則であるため,本人のために適正に事務処理が行われているかどうかを本人自身が確認することは困難といえます。
そこで,任意後見人を監督する立場として家庭裁判所が任意後見監督人を選任することにより,適正な事務処理を確保する必要性があるのです。
任意後見人からの事務処理の報告を受け,この報告を家庭裁判所に報告し,家庭裁判所の指示を受けて任意後見人を監督します。 このようにして,任意後見人を家庭裁判所と任意後見監督人の双方で監督することにより,本人の利益を守り,また,任意後見人の代理権の濫用を防止するために必要な存在なのです。
これは,任意後見契約ではありませんが,通常の委任契約としてそのような契約をすることは可能です。この場合は,その後痴呆や精神障害等により本人の判断能力が低下したときのために任意後見契約と同時に締結しておくほうがよいでしょう。
そうすれば,その必要が発生したときは直ぐに最初に結んだ委任契約から任意後見契約への移行が円滑に行われ,代理人による事務処理が中断されることなく行われる結果,財産の保全や事務処理の遅滞等の問題が発生せずに安心です。なお,この2つの契約は,1通の公正証書ですることが可能です。
契約ですから,本人に契約を締結するだけの判断能力がなければなりません。判断能力があるかないかは,なかなか難しいのですが,診断書を取ってもらったり,関係者から事情を聞いたりなどで公証人が判断することになります。
判断能力があると認められる場合は,任意後見契約を締結し,契約後直ちに任意後見監督人の選任を家庭裁判所に申立て,,その選任があり次第直ぐに任意後見人により事務処理を始めてもらうことになります。
しかし,本人に判断能力がないと判断された場合,任意後見契約を結ぶことはできず,法定後見の制度(家庭裁判所に後見開始の申立てを行い,後見開始の審判を受けたときは,家庭裁判所の選任した後見人が法定代理人として,財産の管理等の事務を行う。)で本人の利益を守っていくことになります。
任意後見契約を公正証書により行うと,誰が,誰にどのような代理権を与えたかという契約内容が登記されます。
その後,任意後見監督人が選任されると,任意後見人は,法務局から任意後見人の氏名や代理権の範囲が記載された登記事項証明書の交付を受けることができ,これにより,記載された代理権の範囲内で本人に代わって本人のために代理人として事務処理を行うことができます。
また,取引の相手方は,登記事項証明書により,任意後見人の代理権の範囲を明確に理解することができるので,安心して取引に応じることができるようになるのです。
財産管理や療養監護の事務処理にかかる費用は,任意後見人が管理する本人の財産から支出されます。また,任意後見契約で任意後見人に報酬を支払うことを決めたときは,その報酬もこの財産から支出することになります。
場面を2つに分けて考えます。
まず。家庭裁判所が任意後見監督人を選任する前であれば,何時でも,どちらからでも契約を解除することができます。しかし,単なる意思表示だけではなく,公証人の認証のある内容証明郵便を相手方に送って通告することが必要となります。
双方が合意により解除する場合にも,公証人の認証を受けた書面による必要があります。
次に,任意後見監督人が選任された後については,正当な事由がない限り家庭裁判所の許可を得てからでなければ勝手にやめることはできません。
なお,任意後見監督人に不正行為,著しい不行跡その他の任務に適しない事由がある場合には,家庭裁判所は,本人・親族・任意後見監督人の請求により,任意後見人を解任することができます。